京都府言語聴覚士会吃音委員会
第1回京都吃音支援者交流会
2024年10月26日に、京都府言語聴覚士会吃音委員会が主催の第1回京都吃音支援者交流会が開催されました。
当日のプログラムは下記の通りです。
第1部:吃音臨床入門
お話:久保田功先生 元近畿大学病院言語聴覚士・日本コミュニケーション障害学会副理事長
第2部:参加者によるグループトーク
久保田先生のお話:吃音臨床入門
久保田先生は近畿大学病院に言語聴覚士(ST)として長く勤務され、現在も多くの療育施設やクリニックなどで活動を続けておられます。
講義の中では、大きく以下の3つの内容に分けてお話されました。
①吃音臨床を志すSTが少ない現状とその原因と対処法
➁各年代の吃音の評価の実際
③吃音臨床を考える視点:ICIDH(国際障害分類)とICF(国際生活機能分類)の視点から
以下、当日のお話の内容を抜粋して報告させていただきます。
①吃音臨床を志すSTが少ない現状とその原因と対処法
まず勤務されていらした近畿大学病院での2003年~2021年度までの初診吃音事例数の推移をあらわしたグラフを提示され、その数が年々増加していることを指摘されました。
吃音臨床の必要性は高まっているのに、吃音臨床を目指すSTが少ない現状もお話され、その原因は吃音臨床は難しいと感じさせてしまうためではないかと述べられていました。
また、吃音臨床を難しく感じさせてしまうものとして以下の4つをあげられ、それぞれの対処法を述べられました。
吃音臨床を難しく感じさせてしまうもの
①吃音は治らない→治らなければ意味がないという先入観
吃音は軽くなって気にならなくなることはあっても、完全には消えないということは事実。
しかし吃音がその人の現在・未来の邪魔をしないように働きかけることは多様にあり、それぞれに意味がある。
➁複雑で煩雑かつ習熟するのが難しい吃音検査法
優れた検査法であることは間違いないが、それを使うのは長く臨床経験を積んでからでよい。とりあえず、大雑把で主観的で分かりやすい評価をする。
③様々な技法の存在(数が多く全てを知っている必要があると思わせてしまう)
知っているに越したことはないが、技法ありきではない。
④吃音をどう理解すればいいのかわからない、説明できない
吃音は、背の高さや髪の毛の色、手先の器用さなどと同じで、持って生まれた特性の一つ。変化はするだろうが、外からの力で消し去ったりはできない。
吃音の進展(悪化)には学習要因、環境要因が大きく関わる
吃音へのアプローチは、この進展をどう食い止めるか、あるいは進展してしまったものをどう引き戻すかという視点が必要。
そして吃音臨床において大切なことを、①吃音を適切に理解する➁吃音の評価ができるようになる③必要最小限の情報提供と助言ができるようにする、の3つに分けて説明されました。
吃音臨床をはじめるには
①吃音を適切に理解すること
吃音にはまだわからないことも多いが、わかっていることも多い。
例えば人口の約1%に存在し、2~5歳が好発時期であり、7~8割が自然に解消すること、男児の割合が多いこと、遺伝的要素も存在すること、放置や不適切な対応によって進展することなど、既に吃音についての常識となっていることを理解する。
➁吃音の評価ができるようになる
吃音の頻度や種類、重症度はだいたいでいい。本人の経験や困りごと、保護者の心配や対応をしっかり把握することが大切。
③必要最小限の情報提供と助言ができるようにする
吃音を怖がらせないようにする。吃音であることを周囲に開示したり、本人が自分で説明できるようになることも重要。吃音に対する誤解や不都合な対応があれば、修正してもらえるようにする。
➁各年代の吃音の評価の実際
吃音は多くの場合、幼児期に発生し、そのうちの2~3割は成人期まで持続する。よって臨床家がどのライフステージで関わるかによって、その様相は大きく異なる。
重要なのは小児期~成人期を見通した長期的視野に基づく評価や支援
1.小児期吃音の評価の実際
小児期を幼児期、学童期、思春期の3つに分類。さらに幼児期は年少幼児(2~5歳)、年長幼児(年長組~就学前)に、学童期は学童期前半(低学年)と学童期後半(中・高学年)に分けて、評価すべき項目と方法、ポイントを定める。
幼児期
年少幼児の場合:情報収集の対象としては主に保護者。
本人に対して
本人と話すのが難しい場合、保護者やきょうだいと話しているのを観察する。家庭での発話の様子を録画・録音してもらって観察する(発話の観察・言語発達や構音についての評価)。
保護者に対して
発吃の時期と、その時の様子、現在までの経過、言語発達や構音、コミュニケーションに気になることはないか、どのように接しているか、吃音について周囲の大人はどのようにとらえ、理解しているかの聞き取りを行う。
年長幼児の場合:情報収集の対象としては主に保護者。年少幼児の時の対応に加えて、以下の項目を評価する。
本人に対して
吃音に気づいているかどうか、周囲の子どもから指摘・まね・からかいをうけていないかの検索。
保護者に対して
本人が吃音に気づいているか、気にしているか、本人の環境内で指摘・まね・からかいなどないかの聴取。
学童期
学童期前半の場合:情報収集の対象は本人と保護者。
本人に対して
会話をし、朗読などをしてもらい、発話の観察・言語発達や構音についての評価をする。吃音に気づいているか、周囲の子どもから指摘・まね・からかいをうけていないか、学校が楽しいか、仲のいい友達がいるかの検索。
保護者に対して
発吃の時期と、その時の様子、現在までの経過、言語発達や構音、コミュニケーションに気になることはないか、本人が吃音をどれくらい気にしているか、クラスや学童保育で指摘・まね・からかいがないか、担任の先生とどれくらい連携が取れているか、吃音のことを周囲の大人がどれくらい理解しているかの聴取。
学童期後半:情報収集の対象は本人と保護者。学童期前半の時の対応に加えて、以下の項目を評価する。
本人に対して
音読や発表時、日直などで困難を感じていないかの聴取。
保護者に対して
学童期前半の時と同じ項目の聞き取りを行うが、本人の活動範囲が広がる時期なので周囲の環境を評価する際に、学校関係以外の場(習い事など)も考慮する必要がある。
思春期
情報収集の対象は主として本人。
本人に対して
会話をしてどの程度のコミュニケーションの能力があるかの評価。場合によっては朗読も行う。吃音についてどう思っているか、周囲から理不尽な扱いを受けていないか、音読や発表時、クラブ活動などで困難を感じていないか、自分で自分の吃音のことをどの程度語れるかの検索。
※この時期は、自意識が強くなり、自分の内面について知られたくないという気持ちと、理解してもらいたいという気持ちが同居し、傷つきやすく、自分の気持ちを十分表現することがまだうまく出来ないという特徴がみられる。そのためそれらを留意しつつ、話す内容を否定せず受容的な態度で話を聞くことが重要である。
保護者に対して
発吃の時期と、その時の様子、現在までの経過、本人が吃音をどれほど気にしているか、学校などで本人が困惑・難渋していることがないか、学校とどれくらい連携できているか、吃音のことを周囲の大人がどれくらい理解しているかの聴取。
基本姿勢として、吃音を怖がらせないことが大切。「つまっても自分の言いたいことが言えればそれでいい」という考えを子ども本人、保護者に持ってもらえるように。
吃音は場面や相手、その時の気持ちによって出やすさが違うため、たとえ調子がいい時でも「吃音は出ることがある」と本人や保護者が理解していけるように支援する。
周囲のまね・からかいなどに対しては、園・学校の先生と連携し、迅速な対応をする。我慢をしない、放っておかない。
本読み・発表が嫌で学校に行けないなど場合は、場面を絞っての練習をしたり、声が出なくなった時の対策をする(指で文字を書く、軟起性発声など)。
小学校高学年になったら、自分で吃音のことを説明できるようにしておくサポートがとても大切。
2.青年・成人期の吃音臨床
初回面接で尋ねる項目
吃音を意識した時期と、それからの経過(治療歴や相談歴)。
今の困りごと
受診に至った動機(おそらくこの応答の中に、本人が「吃音をどうしたいか」「吃音をどうとらえているか」ということが含まれている)。
吃音に関する知識。
吃音の開示について(周囲は知っているか、吃音のことを自分で伝えることができるか)。
※吃音かそれ以外の問題か、どのレベルの支援が必要か、どの類の情報提供が必要か、また来てもらう必要があるか、を明らかにする。
青年期・成人期吃音臨床の基本姿勢
吃音を適正に理解し、非合理な考え・行動があれば修正する
吃音を必要以上に恐れていないか
無意識に悪循環のメカニズムに陥っていないか
吃音をなくすことを目標にしていないか
吃音で困っていることをターゲットにして解決を図る
困りごとへの現実的な対策を一緒に考える
回避せず体験できるための方策を考える
否定的なフィードバックではなく肯定的なフィードバックを
③吃音臨床を考える視点:
ICIDH(国際障害分類)とICF(国際生活機能分類)の視点から
吃音臨床を難しく考えないために、最近注目しているのがICF(国際生活機能分類)的視点による臨床。吃音臨床は吃音を治してこそ意味があり、それ抜きに支援することは難しいと考えている向きがあると推察。その背景としてはICFが世に出る前に存在していたICIDH(国際障害分類)的視点があるのではないか。
国際障害分類(ICIDH:International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps)
1980年世界保健機関」(WHO)が国際疾病分類(ICD)の補助分類として定めた。
障害を以下の三層構造でとらえた。
機能障害:疾病・変調から生じる臓器レベルの障害。心理的、生理的、解剖学的構造・機能の欠損・異常
↓
能力障害:個人レベルの活動の障害。機能障害のために「~ができない」「~がし難い」状態
↓
社会的不利:機能障害・能力障害によってもたらされた社会的レベルの障害。地域社会の活動への参加や復職が困難になることなど
例)
機能障害:脳梗塞(疾病)の影響によって、失語症になり、発話がぎこちなくなり、言おうとした言葉と違うはことばが口をついてしまう(錯語)という症状が出てしまう。
↓
能力障害:機能障害のために、他者との音声言語を介したコミュニケーションがスムーズにとれなくなる。
↓
社会的不利:能力障害のために仕事を辞めなければならず、地域の活動にも参加できなくなった。
☆ICIDHは障害をどのレベルで見たものか明らかにする画期的な分類基準。
☆しかしながら一方的な見方であることや、病因論的で医学モデルに偏っているなどの指摘があった。
☆同じ機能障害がありながら、ある人ではそれが能力障害や社会的不利をもたらすのに、別の人ではそうならない理由を説明できない。
国際生活機能分類(ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health)
ICIDHに改訂作業がなされ、2001年にWHO総会で誕生。
健康な状態の生活機能を規定し、それが損なわれるとこういう障害が生じるという表現。それらをもたらすものとして、健康状態の「変調・病気」、背景因子の「環境因子」「個人因子」をあげ、それらが相互に関連しているとする。
例)ある人の健康状態を記述し、それが損なわれる(脳梗塞)と障害(失語症)が生じる。しかし参加制約といった部分では、ある人は職業復帰となり、ある人は失業となる。その違いをもたらすのは、環境因子や個人因子が考えられる。また、職業復帰という参加制約は、コミュニケーションの困難さという活動制限にも影響されるが、一方ではその活動制限にも影響を与えると見る。各因子が相互作用的に働くと考える。
☆どこをターゲットにして働きかければ、より望ましい状況が生まれるかを検討する手がかりになる
吃音臨床において、ICIDH的視点では、原因→結果と見るので、働きかけは原因へとする発想になる。つまり「訓練で吃音が出ないようにする」ことを目標としてしまうので、うまくいかなかったり、難しいという考えになってしまう。
ICF的視点では、周囲の人が吃音を理解していないといった環境因子や、吃音が出てはいけないと思っていたり、人と話すのが怖いといった個人因子に働きかけることで、それぞれに変化が起き、相互作用的にも変わっていくと考える。
環境因子への働きかけ:周囲の人への吃音の啓蒙、理解を求める方法の助言、意見書の作成・提出。
個人因子への働きかけ:吃音の情報提供、吃音への理解醸成、吃音についてのディスカッション、吃音開示のアドバイス、自分自身への洞察、吃音他事例エピソードの紹介、周囲で起きていることの理解支援。
京都支援者交流会に参加して
吃音を治すという観点ではなく、吃音があっても、吃音にうまく対処しながら、その人がその人らしく生きていけるように支援をするという視点を持つということが大切ということ。この視点はあらゆる支援にも通ずるものだと感じました。
改めて吃音臨床の持つ多角的な視点を意識した一日でした。